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私にもやらせて~

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やってみたいような・・・やっぱりちょっと怖いような刈払機・・・。で、とうとうやってみることにしました!で、感想は、ぜんぜん、非力だって、やれるじゃないですか!!! その理由は、マキタって凄いっていうことになるんでしょうか。 ▲マキタの充電式刈払機 369 刈払機を購入するにあたり、いろんな方にお話しを聞きましたが、みなさん異口同音に、『ガソリン式じゃないと』と言っていました。でも、夫は電動式のマキタを買いました。夫曰く、『電動式がダメっていう定説は2年前までなんだよ』と言っていました。で、実際に使ってみたら、ガンガン切れるし、楽々モードという神のようなモードがあって、抵抗が大きくなると、自動的に回転速度をあげてくれるという、オートマみたいな機能までと至れり尽くせりでした。 ▲綺麗な景色をみながらの作業は気持ちいい 農業といえば、草刈りが仕事の半分を占めると思いますので、農村の高齢化とともに、こうした扱いやすい機械のニーズはうなぎのぼりかと思います。そういえば、座って使える草刈り機も、よく見かけます。 さておき、翌日、背中やわき腹、腹筋に筋肉痛が・・・つまり、筋トレにもなっている模様です。一石二鳥とはこのことです!刈払機を使って、どんどん、整備しようと思います!楽しい!BBQができるようになる日が楽しみです。

水系を考える

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八郷の家の土地には井戸がありました。そして、どうやら、出そうです。となったことは、先に書きましたが、昔は水道などなかったわけですから、水系を中心に人々が生活していたと思われます。井戸屋さんの話でも、集落というのは、そもそも水の出るところに水田を作って、その裏に家、集落を作ったのだという話でした。なるほどです。 そうなると、この八郷地区の水系が気になりました。・・・いや、本当にインターネットというのは凄いですよね。こんな論文が見つかりました! 『井戸調査と地質資料からみた恋瀬川流域の水理地質と地下水環境』 https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030752476.pdf 2008年に八郷を含む恋瀬川流域の井戸を広範囲に調べ、地質、地下水を調べたものでした。 こちらを見ると、八郷の家はA-A’断面に近く、硝酸性窒素が高濃度で報告されている井戸がありました。で、硝酸性窒素ってなに?って思ったら、またまた、インターネット先生が教えてくれます。 『未来につなごう私たちの地下水』(環境省) https://www.env.go.jp/water/chikasui_jiban/pamph2009.pdf 血中で酸素を運んでくれる、ヘモグロビンを酸化させてしまう物質らしいです。農地で用いられる肥料、家畜の糞尿、生活排水が原因だそうです。 へぇ~~~ うちの土地は標高60m程度はあるし、北側は山で、隣がみかん畑です。あまり影響はなさそうな気がしますが、いよいよとなったら水質調査をしてみたほうがよさそうです。 そういえば、私は子どものころ、ひどい貧血になって、よく朝礼で倒れていました。酷いときには、電車の中で貧血症状が出て、なんとかホームに降りたのですがフラフラして、ホームの反対側に停車していた電車に激突して、気が付いたということすらありました。停車してなかったら線路に落ちたと思います! さておき、今思うと、筑波に引っ越してから、貧血になりました。当時の筑波の水は塩素の匂いがプンプンする酷い水でした。もしかしたら、硝酸性窒素濃度も高かったのかも・・・?でも、それなら、筑波の人の多くが健康被害にあうはずですから、やっぱり違うかな。 そんな筑波の水に比べて、さらに東京の水はまずかったのを覚えています。そして、結婚して富山に行ったとき、ビックリしました。...

深井戸だった

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井戸 を調べてもらった 水戸の井戸業者さん 【井戸ライフ】さんは、長く、掘削会社にお勤めで、日本各地の地形と水に、実務として触れ合ってきた方でした。 その井戸業者さんからの提案で、建築が先であっても、第一次工事として、塩ビ管の置き換えをして、そして、揚水力の簡易確認してはどうかというご提案がありました。で、施工していただきましたところ、井戸の深さは24m、水位は8mの深井戸であること、また、手押しポンプで揚水してみたところ、割と綺麗な水があがったとのことでした。日常生活用水としては十分機能するのではないかとの見立てをいただきました。こうなると、水道を引くという一大事業を行わないでもよいかもしれません。というのも、先にも書きましたが、本管まで200m近くあるので200万近くかかりそうだからです。今後、引くのか引かないのかの選択肢ができました。 ▲左)新しい塩ビ管、中)重いコンクリート蓋 右)古い塩ビ管(ジェット式) 近所の人の話では、ここ、石田という土地は、地下に岩盤があり、浅井戸はあっても、深井戸は難しいとされている土地だそうです。深井戸とは硬い岩盤の下の地下水を利用するものです。 そのため周囲の影響を受けにくく安定した水量と水質が得られ水温は15℃~17℃位だそうです。これは大きなお宝だったかもしれません。地主さんが、強く価値を語っておられたのに全く耳を傾けなかった自分が少し申し訳なく思えてきます。 ▲土地の北側は森、そして、山 さておき、こうなってくると、土地の北側の地形が気になってきました。北には団子石峠に通じる林道があり、入り口は鎖がかかっているのですが、地元の人たちは車で通っていきます。どんな山なんだろう・・・。で、行ってみることに! ほとんど往来はなく、ところどころ、草がはみ出していたり、小枝が落ちていましたが、乗用車で全く問題なく通れるようになっていました。林道の森は適度に間伐されており、道路際も整備されています。とてもよく行き届いているなという印象です。 ▲大量の湧き水 そして・・・ときどき、湧き水が。そうか、これが深井戸に水を貯めてくれているのかな・・・そして、先に行くと、完全に川状になっているところもありました。水を取りやすいように竹が渡してあったので、恒常的に水が流れていると思われます。触ってみると、それほど冷たくはありません。低山ですもんね。...

初めての刈払機

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幾つになっても、初めてというのはドキドキするものです。 ここ八郷の土地は、厳密には道路際の法面も市道となっているのですが、たいていは隣接地の地主が手入れをするのが常識と思われます。で、私たちも、どうにかやっていかねばならなくなりました。 夫は何事も、まずは座学で情報を仕入れるタイプです。とにかくやってみよう!っていうタイプではありません。そういう彼がやったことは、まず念入りに草刈りについて、Youtubeで学びました。もう、本当にいろんなことを教えてくれるYoutuber先生がいっぱいいます。次にMakita主催の刈払機の展示会に申込み、体験をしてきて、機種を選定。そして、最後は刈払機作業者資格講習会、12000円もする講習会です。お金をもらって刈払機作業を請け負う場合は、作業者の安全確保のために、この講習会を受講させる義務が事業者に課せられているそうです。自分の土地の草刈りしかやらないのに、なぜ、講習会なのかわかりませんが、テキストをもらって、写真入りの講習済証をもらってきて、ご満悦でした。 ▲ 刈払機取扱作業者 ▲Before ▲After ・・・で、満を持して、現場作業。やりがいのあるフィールドです。最初はおそるおそるでしたが、だんだんに慣れてきます。けど、体力が続きません。当初はバッテリーが30分だから、それ以上はできないんだと説明していましたが、自分の体力のほうが短かったようです。 夫が刈る、私が集める、二人で運ぶ。そんな感じで進めて、1時間ずつ2回かけて、道の際が確認できるところまできました。まだまだ、不十分ですが、少しずつ進めていきます。側溝には枯れ葉や泥がいっぱいです。 作業が終わると隣家の方が出てきて、おしゃべり。山栗やアケビを教えてくれました。帰路では部落にあるブドウ園でお買い物。 こんなミニピクニック的な秋の休日がエンジョイできるだけで、この土地を買ってよかったなって思います。 これから、どんどん綺麗にしていくつもりですが、困ったことに木や草がわかりません。特にウルシなどの害のあるものが見分けられません。どうやって勉強していったらよいのでしょう。 ▲西に見える足尾山

井戸

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土地には水道が来ていません。地主さんは1500万で買った土地だから800万で譲りたい。私は近隣の相場は1万/坪だけど眺望がいいから700万まではいいかなと思っていました。これを聞いた、地主さんは井戸がある岩盤の下、100mまで掘っているから100万の価値だといいます。井戸の蓋らしきものはわかりましたが出るのかわかりませんし、なにせ20年近く使ってない井戸です。仮に使えても、水道は引きたいのでたぶん200万はかかりそうです。水道管から200mはありました。結局、700万で契約しました。 そんな曰く付きの井戸、契約が終わったら、いの一番で調べようと思っていました。契約の翌日、井戸ライフという水戸の業者を見つけ、早速、現地調査15000円をお願いしました。 現地で待ち合わせ。『井戸の場所はどこ?』ということで、ここですと示すと、『ここ?100mの深さというのは嘘だと思うよ』と言います。この井戸、地主さんによくよく聞いたら、『売り手の不動産屋が整備したもの』といいます。思い込みというのは怖いものです。私はてっきり、地主さんが掘ったのだと思っていました。つまり、地主さんも使ったことないわけで、つまり使った実績ゼロの井戸だということでした。よかった、井戸代出さなくて・・・ さて、井戸ライフさんがアシスタントさんと、井戸を探り始めます。『ありゃーこれは大変だぞ~。』 どきどきが募ります。なにが、どう大変なのよ!!! けど、二人はもくもくと作業をしているので、話しかけられません。えいやーーーー!!!! 開きました。 ありました。20年近く埋められていたポンプが出てきました。そして、早速、水位調査。水位は地下13m。井戸の底は17mとわかりました。エンビ管が2本通っています。けど、2本の管は敷地の西側に向かって曲がっていました。どういう設計だったのだろう・・・ とにもかくにも確かに掘られていたことはわかりました。井戸の水質は、ポンプで1ヵ月程度揚水して、滞留していた水が十分に排水されてからでなくては検査ができないそうです。ポンプを一か月稼働させるには通電する必要があり、電気を引かなくちゃできません。建築の計画も全くの白紙なのに、電気を引く・・・?そこで、井戸ライフさんの提案は、次のようなものでした。66,000円で、井戸深度確認と揚水能力の予測をするという提案です。 この提案までが現...

土地を決める

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 通称・農振の土地は夢となったわけですが、その後、八郷地内の土地を本格的に調べ始めました。そして、4か所の候補の中で、どう決めていったかを記しておこうと思います。 候補の土地は4か所ありました。 ①ゆりの郷(温泉)の近くで、不動産屋が開発中の分譲予定値 ②半戸地区の眺望のよい土地の100~200坪 ③蕎麦屋の紹介で出会った眺望のよい瓦会地区の土地500坪 ④③の道挟んだ向いで相続に伴い手放す予定の、こちらも眺望のよい瓦会地区の300坪 そして、③に決めました。 ①は近所の不動産屋の情報で、②~④は岩崎駿介先生が手伝ってくださっての情報です。そもそも八郷は南北に広がっていて、ザ・里山な景色の村です。①は南に位置する小幡地区でつくばにも近いので、2拠点居住を考えるなら①がベストです。一方、北側の吾国山に近い地区になると笠間や那珂川、県北エリアにもアクセスがよくなりますが、つくばからは遠くなります。 また、南と北では、結構、景色が違います。前者は朝が綺麗で、後者は夕方が綺麗だと言い方をする方もいます。 ちなみに私は朝好きだし、つくばに近いほうがいいかなと思っていました。それに、分譲地のほうが、移住者同士のコミュニティで馴染みやすいかなと考えていたので、当初は①が本命でした。②の土地は、標高が高く、山の尾根にいるような心地の土地で地主さんが100坪ぐらい分けてくれるという話でした。下水道が来ているということでインフラには何の不安もないところでした。③は「地元の蕎麦屋に行って、情報収集しよう」と駿介先生にいわれるがまま、瓦会にある蕎麦屋『まんまや』に行き、先生ご夫妻と私たちで、天ぷらそばをいただき、先生が蕎麦屋のおやじに声をかける。「あのさ~、土地売りたいひと知らない?」すると、おやじ「あるよ、この先に500坪。高く買って手放せなくなってるけど、歳をとったから売りたいって言ってた」・・・のやりとりで知った土地です。 このやりとりに夫は「なんか出来すぎじゃない?」と不審に思っていたようでした。私は岩崎先生の野生の勘を信じているから、そんな風には思わなかったのですが。で、早速、蕎麦屋のおやじに書いてもらった紙切れを頼りに、土地を見に行きました。山間道の入り口に位置していました。標高は60mぐらいで眺望が良いところ。南東から南西に扇形に開いていて、八郷の山々、権現山や浅間山...

八郷に土地を探し始めるまで

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 八郷という里山の美しさに魅了されたのは、7年前の50歳を過ぎたころだったと思う。特に朝日トンネルができて、つくばからのアクセスが格段に良くなったことで、身近に思えるようになりました。 そのころの私は、子育てがひと段落したことを機に、マラソンやトレラン、ロードバイク、トライアスロン、登山・・・と、スポーツにのめり込んでいた時期でした。このため、八郷でロードバイクの練習もよくしていました。峠アタックも毎週のように。朝日峠を越えて、セイコーマートで一息ついて、風返し峠に登って行って、筑波山神社を経由して戻るなんてこともやっていました。当時は八郷はトレーニングフィールドでした。 そこから、八郷に家を持つ、の決意をするまでには、まだまた、長い時間が・・・。何しろ、本当の田舎に住んだことがないし、足腰が弱ったら、公共交通機関が整った都会にいたほうがいいに違いないと思っていた。いくら、空が狭くて窮屈だろうと・・・隣家の目覚ましで目が覚めようとも・・・新幹線の高周波音が不快だろうとも・・・羽田への飛行機の轟音が頭上から降ってこようとも・・・都会が災害にどんなに弱かろうとも・・・、実家が東京にあり、土地も家もあったので、そうするだろうということに、一筋の疑問もありませんでした。 それが、自分が建築士の勉強をしはじめてみて、住まいと生活の関係についても、考えが変わっていった。特に、岩崎駿介・美佐子ご夫妻との出会いは衝撃的でした。何より、お二方と生き生きと、そして、おおらかに毎日を自然とともに過ごしておられました。駿介氏は「みみずが友達」と大真面目に語り・・・。「体は地域に、心は世界に」という言葉にも惹かれました。 そして、56歳で経験することになったコロナウィルスで自分の考えは決定的に変わった。様々な行動制限がかかる中、これまで、理由がわからないまま感じていた東京という都市への不快や不安に思っていたものが確信に変わりました。後に駿介氏は「都市は麻薬の臭い」と表現しているが、まさに表層の魅力に、都市の不安定さは見て見ぬふりして生きようとおもっていました。東京に行くたび、今ここで地震があったらどうしよう、人も物も雑多な東京に住みたくない、大きな空の下、そう、できれば八郷に住みたい、強く強く思うようになりました。 ただし、このことは自分ひとりでは決められない。夫は基本的に反対でした...