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JIMAJIMAタウン 収穫真っ盛り

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日々、いろんなことがあって、落ち込むべきところで落ち込めてなかったり、喜ぶべきところでも余韻を楽しめなかったり・・・。 試験会場は去年の高校のガタガタ机とは違い、最高の環境でした。 エスキス事態は割と早く、そして、要求を満たしたものを作れました。 が、地盤対策ができませんでした。結果発表は年末。多分、不合格だと思います。 製図試験は終わりました。とにかく製図試験はトライアスロン大会に出るのと同じくらい疲れました。水戸に11時から開始の6時間半の試験のため、念のため9時には会場に到着。そして、試験を受けたあとは、柏にある予備校に移動。そして、予備校で、復元会と呼ばれる、試験のときに描いた図面をもう一度描くというものをやりました。終わったら・・・23時。当然、クタクタです。家に帰りつき、ばたんキューとなりそうなものなのに、興奮しているので熟睡できませんでした。翌日は祝日でした。天気も良かったので、この興奮状態を落ち着かせるためにも、八郷の空気を吸いに行きました。作業はなし。コーヒーだけ飲んで、ぼんやりしているうちに、だんだん、元気が出てきました。そして、おさかな市場に足を延ばして、回転ずしを堪能しました。予備校では8時半集合に始まって、昼食休憩は16時ごろ。空腹感と脅迫観念で、おにぎりを食べるのが精いっぱいでした。ですから、久しぶりに人間らしい時刻に人間並みの食事をとれることに、非日常を感じつつ、堪能しました。ひたちなかおさかな市場までは1時間もかかりませんでした。八郷に拠点ができれば、笠間、益子、城里、ひたちなか、奥久慈など、行きたいところがいっぱいです! こんなすごい胡蝶蘭が!某法律事務所からいただきました。 この法律事務所には商標でお世話になっています。 国際的にやっている立派な法律事務所なのですが、現所長が建築出身でノーマンフォスターに所属されていたとのことで、弊社にとても好意的で助けていただきました。 実は10日1日付で、会社の経営者になりました。試験が終わるまでは、実質、そのままといいつつも、内外への挨拶だとか取材だとか、ホームページの変更とか、あれだこれだと、結構、気のはることがありました。特に、挨拶や取材は、適当というわけにはいかないので、神経を使う日々でした。なるべく・・・と、試験のあとに先送りしていたこともこなさなければなりません。 土地の契約もその...

新しい土地に浮気

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新しい土地を手に入れることになりました。 新しい土地、小屋付きです。つくばスタイルフェスタで使った小屋を移転したのだそうです。つくばスタイルフェスタとは、私の会社の隣接している研究学園駅前公園で2004年ごろ行われたイベントです。当時は会社はそこにはなかったのですが、少し関係はあって、すぐに思い出せました。 水道業者との打合せも終え、いよいよ、着工に向けた感じになっていたのですが、ちょっと待ったをかけてしまいました。・・・というのも、ごく近所に筑波連山を臨む敷地が売りに出ているという情報をJIMAJIMAタウンのY子さんからお聞きしたのです。その土地というのは、このブログにも登場していますが、土地さがしのときにも気になっていた土地で、ここら辺では一番高いところにある土地でした。その土地からの眺望は抜群で、自分のスマホにも何枚か残っているほど印象に残っていた土地でした。 今さらという気もする中、、、自分の気持ちは抑えられませんでした。この心変わりについて、夫がどういうかなと思いましたが意外にも反対しないどころか、どちらかといえば背中を押してくれる発言でした。まぁ、この八郷の家に関しては、彼は自分が主体という気持ちはないらしく、私のやりたいようにやれば・・・ということだからだと思いますが。 駿介先生に相談。忙しい中、あっという間に土地のポテンシャルを分析していただきました。先生の評価は◎となったので、購入に向けて、すぐ動くことにしました。 さて、こうなったらいてもたってもいられません。模擬試験の準備も上の空、駿介先生に相談したり、Y子さんに相談したりと忙しくなりました。もう、計画していた建築物の基本設計はできていたし、一番の難関であった高低差を克服する図面も構想していただいていたところですので、さすがの駿介先生も、『え?なんだよ』という感じが伝わってきました。ですが、そこからが駿介先生のすごいところ。新しい土地を見に行ってくださって、その土地の眺望の良さから、折れてくださり、すぐに基本的な提案を出してくださいました。 その後は、既に取得したいと申し出ている、しかし値引き付きでという希望者との戦いに発展するとは思っていませんでしたが、実は夫は予見していました。でも、ここでも運が味方してくれました。私がその土地を確認しに行ったその日、偶然、地主さんと直接お話することができま...

学科試験合格!(ふーーー!!!)

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令和4年一級建築士の学科試験の発表がありました。この資格試験は学科と製図に分かれていて、学科を通過すると製図試験に進めることになっています。私にとっては3年目の挑戦です。 何時にあるのかという噂がネットで渦巻いていましたので、当然、一秒でも早く結果を知りたいという欲求があり、前の晩は眠れませんでした・・・(笑) ベッドの中で何度もスマホのページ更新をしました。そして、むなしく白々としてきたので、土日に習った事務所ビルの設計手順を復習しました。 先週の土日は凄く大変でした。土曜日は8時集合で、3つの事務所ビルを設計しました。終わったのが22時。翌日も8時集合だったので、思い切って、学校の近くのビジネスホテルに泊まりました。往復の2時間と注意力を節約するためです。日曜日は2つの事務所ビルを設計し、作図までしました。終わったら22時半、家に帰宅したのが23時半と、クタクタになりました。約4,000㎡×5=20,000㎡分の平面を考えたことになります。いろいろヒッカケがあって、吹抜けの計画があったり、地下駐車場があったりと、盛り沢山でした。翌日月曜日はなんとか会社に行きましたが、朝から体がだるくて仕方ありませんでした。脳みそが動かないんですよね。とにかく考えるのを拒否してきます。「動け!脳みそ!!!」と叱咤するも、まったく動こうとしません。朝、つくば駅まで夫を送るのが日常ですが、その距離すら運転するのも無理と思え、代わってもらうほどでした。 そして発表。9時半が本命の発表時間。でも、9時からは定例の報告会。さすがに、スマホを触れません。終わったのが9:45。すかさず確認すると、自分の番号がありました! やった!という思いと、10時から別の打合せがあったので、うれしさに浸る時間もなく。。。91点の合格判定に対して92点。ぎりぎりの合格でした。それでも合格は合格。 合格者の内訳、圧倒的に20代が増えています。建築士法の改正の影響です。 もっとも、改正以前は50代以降は少なかったのですが、1%と見積っても全国で60名ぐらいはいそうです。茨城では1人いるかどうかかなと思います。 試験元の発表内容: https://www.jaeic.or.jp/shiken/1k/1k-gokaku20220906.files/1k-gakka-gokakuhappyo-202209r.pdf 番...

教えていただくということ

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 一級建築士のための製図試験に向けて、特訓を受けています。前は、つくば校があったのに、閉鎖になってしまって、柏まで通っています。 今年の製図試験の課題は、「事務所ビル」です。去年の「集合住宅」より、やっていてずっと楽しいです。うなぎの寝床みたいな部屋をひたすら並べて描くたびに気が重かったのですが、今年の事務所ビルでは、コロナで変わった事務所ビルに求められる内容が盛り込まれています。設備の考え方も変化していて、試験元のやる気を感じます。 とはいえ・・・お盆には少し休めるかと思っていましたが、妄想でした。連日、製図の猛特訓にちょっとお疲れ気味です。今どき、これだけの激しい訓練を強いるというのも珍しい気がします。どの生徒にも、一生懸命、教えてくれます。噂では合格率でボーナスがつくという話もありますが、それだけで、あれだけの教えができるなんて・・・。 にもかかわらず、まったく予習復習してこなかったり、遅刻してきたり・・・、せっかくのアドバイスに素人言い訳したり・・・って、人もいます。事情はあるんでしょうけど、どれか一つでも克服できるんじゃないの?って思います。 さておき、私には寸法感覚が全くないなと思い知らされます。 「はい!50平米ぐらいを囲んで」って言われて、えーっとえーっととやっているうちに、どんどん落ちこぼれています。そのうち「はい、次!ダクトをまわすから、懐を考えてね!」と言われて、えーっと階高か・・・えっとえっと・・・、そこに吹抜けを作るんだから、結局、最高高さはえーっと、、、とやっているうちに、「そこ片持ち梁になってるよ」・・あぁぁ・・・、ケシケシしている間に、「人命を守るために、避難経路は短くね」、「最近は豪雨の水災害もあるから、外構には水勾配をとってね」・・・もう、完全に落ちこぼれ・・・。このあたりのことをすべて、一人で設計して、一人で施工できてしまう駿介先生が凄すぎるのですが、安全で機能的な建物を設計するということは、本当にたくさんのことを考えねばならないのだと思い知ります。 さて・・・八郷の家のほうですが、そんなわけで全く行けてなくて、とうとう、草刈りを隣地の方にお願いしました。涼しくなったら刈っておくよと言ってくださいました。うちの土地の隣のミカン畑の持ち主です。私たちがミカンを植えたのを見つけることと思います。 設計2棟目。これはエスキスと...

設計案は進んでいます

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3度目の学科試験が終わりました。この試験は、学科と製図の2段構えになっています。で、学科に通過すると、製図試験に進めます。この学科に通過したということです。さっそく、特訓が始まりました。今年の課題は『事務所ビル』。1階にはコンビニとかを複合させたり、外構計画に街とのつながりを意識したり、事務所のレイアウトはテレワークの進んだ新しい事務所のスタイルを盛り込むのかなと思われます。実際の計画を考えると、テレワークになって、空調負荷をはじめ様々な負荷は減ると思うので、それをどんな風に織り込むのかなぁ?  こんな風に書くと割とわかってる的な印象だと思いますが、実際の試験ではそういうところより、まずは、法的適合が重要。今、一番苦手意識があるのは階段です。そうなんです、階段は細かい規定があるので、侮れません。バリアフリー法に適合させたものにしなくちゃならない。あとは防災時の避難経路を一定距離に納めないといけないとかです。 さて、そうこうしているうちに、我が家の計画は進行しています。 どこが変わったか?小屋裏を活用する計画を考えていただきました。このため、屋根に窓が見えています。窓のサイズからして、たぶん、居室としても利用可能になるのではないかと思います。以前に落日荘の2階の天井高の低い居室に泊めていただいたことがあります。それが、すんごく落ち着いて眠れたんです。不思議といつも高めの血圧がすーっと下がっていました。どういうこと??? 敢えていえば、カンガルーのおかあさんのポケット効果かなぁ。つまり、守られて安心な気分になりました。そして、そういう心地になりつつも、窓から外の様子は覗けるんです。カンガルーのこどもが、おかあさんのポケットからヒョコっと顔を出してキョロキョロする感じです。あんな感じのお部屋になったらいいなぁ。この部屋は朝、広がる大地が見えるはず。どんなに疲れていても、その朝の景色がとてつもなく、励ましてくれると思う。 断面を見ると、太陽集熱のパネルが水平になっているようです。これは、どんな設計意図なのか、私にはまだよくわかりません。どんな風に見えてくるのかもわかりませんが。いずれにしても、太陽熱集熱の効率を最大限にするのであれば、水平。ここで、冬は集熱すれば十分な熱が取り込めると思うし、夏は屋根への直接光をさえぎってくれるだろうし、発電もばっちりとなりそうです。 そうい...

3度目の試験まで、あと35日

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令和元年に二級建築士を取って終わりにするつもりだったが、一級の試験範囲は二級の1.5倍と聞いて、なんかできるかも?と勢いで思いつき、ついに3年目。確かに試験範囲は1.5倍だが、二級は6割で合格が一級は8割が合格ライン。これが、結構きつい、重いのだ。 勉強のし方も3年間で変えてきた。1年目は二級の延長で、なんの疑問も持たずに学校に毎週通った。今思うと、全範囲をみてまわるだけで、ヘトヘトだった。2年目も自分を律するのが難しいかと思って学校に毎週通った。この2年目で、かなり手ごたえが感じられるようになったが、8割の理解には及ばなかった。まぁまぁ惜しいところまで行ったが、余裕は全くなかった。結果、2点足りず不合格。でも、合格ラインが明確になるまで製図を勉強させてもらった。製図コースのほぼ半分を履修させてもらったが、この授業料は払わなくてよかったので、損した気はしていない。 そして、3年目。コロナもあったし、2月には乳がん手術もあったので、学校は行かずに自習方式にした。とはいえ、なかなか、やる気スイッチが入らなかったのだが、3月に入って、手術後の病理結果も良好と出た。乳がんは5年再発が低いこともわかり、あと5年は健康が保証されたような気になって、この5年で何をやりたいのか、自分の中の優先順位を整理する機会となった。そのときに、一番に頭に浮かんだのは一級建築士の取得だった。このまま取れなくても全く困らないのだけど、挫折感のようなものが自分の中に残るような気がしていた。 というわけで、3年目。相変わらず、やってもやっても覚えられないのですが、よく考えると、試験勉強の範囲には安全な建築物を作るには重要なことがちりばめられている気がする。その基本的な考え方を習得することが試験の目的になっているようにも思えてくる。いつか受かればいいのかなとも思えてくる。 そもそも、建築するということは様々な知識が必要だ。どのような意味があるのか歴史をたどってみたり、こうあるべきという寸法の基準だったり、集団規定としての法律は守らないとだし、しっかりとしたものにするための構造。大きいのつくるのか小さいのつくるのかでも注意すべきことが違うし、RCやSRCと木では全く性質が違う。人工物と天然の違いだ。最後に、施工上の注意点、これは先人からの申し送りみたいなもの。いえば、品質を保つための指差しチェック項目みた...

ピンチは先祖に助けてもらう

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ここまでお金のことを書いてなかった気がしたので、記録に残そうと思います。 今の家は、土地を購入して三井ホームを建てたわけですが、確か利率が4%超という、かなりの高利率のときに3000万近くの住宅ローンを組みました。これは返済額でいうと、相当に不利でした。タイミングが悪かったかもしれませんが、仕方ありませんでした。こどもたちの教育費がかからなかったのが幸いして期限前に完済できました。 さて、今回の八郷の家でも経済的なタイミングは悪くなってきました。というのも、当初、建物については、工事費3000万、設計料(10%)の300万で、合計3300万で考えていた。ところが、コロナ由来のウッドショック、ウクライナ侵攻による資源高騰で、建材は2割から5割価格が上がっているという。ということは、少し少な目に3割増しとしても3300×1.3=4290万、ざっくり+1000万ぐらいかかりそうと概算できる。 大ピンチです!!! いくら駿介先生が工夫の達人とはいえ、やる気がなくなってしまうぐらいの値上げだと思う。 ウッドショック でも、今後のエネルギー高騰を思えば、躯体をしっかりと作っておくべきだと思う。 決して、贅沢な設備は要らない。 家族との暮らしが、心豊かな『壷中日月長』となる家にしたい。 このように、人生で最大の買い物と言われる家の購入に関して、どうも、社会情勢的にタイミングの悪いときにばかりお金を使うことになってしまう我が家ですが、運よく、母が結構なものを残してくれたので、この増分は準備できそうです。そういう意味では人生運はチャラになるようになってるのか。 私の母は、私がこどものころ、とにかく、徹底的に物を買ってくれませんでした。正直恨むほどで、次女である私は99%お古でした。なんで私はいつも中古なんだろうって。今は中古っていったって、メルカリだのヤフオクだの、むしろ中古で賢くお得に手に入れるっていうイメージですが、当時はバリバリの『貧しさ』がつきまとっていました。でも、それが当たり前の時代でもありました。友達がちょっと豪華なレースのついている洋服を着ていると羨ましくて仕方ありませんでした。母本人も5人の末っ子であったし、戦争を体験しているので、疎開先でさつまいものツルを食べる苦労もしていました。晩年も母の好物は蒸かし芋でした。 そんな母が、祖父が残した土地で貸家をして随分と稼い...